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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)1846号 判決 1968年11月16日

原告

山崎光男

ほか二名

被告

平野信吾

ほか一名

主文

原告らの被告らに対する請求をいづれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

(申立)

一、原告ら

「被告らは、連帯して原告山崎光男に対し一、〇〇九、九六〇円、原告山崎要に対し、一五八、〇〇〇円、原告山崎イソに対し一六〇、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四二年四月三〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告ら

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

(原告らの主張)

一、昭和四一年一〇月二三日午前零時二五分ごろ、大阪府枚方市大字津田一四一番地先十字路交差点において、原告山崎光男の同乗していた訴外淵上明の運転する自動二輪車(以下本件オートバイと略称する)の前部と被告平野信吾運転の普通貨物自動車大阪四せ八八六三号(以下本件トラツクと略称する)の前部右側フエンダー附近とが衝突し、よつて、原告山崎光男は路上に転倒し、左大腿骨々折、右足顔面挫傷、表皮剥離症、左鎖骨々折、急性腎機能障害の傷害を受けた。

二、この事故は被告平野信吾の過失によつて生じたものである。すなわち、この時被告平野信吾は、本件トラツクを運転して府県枚方水口線道路を時速約四〇キロメートルで東進してきたのであるが、本件交差点は見とおしが悪いのであるから同地点を通過する自動車の運転者としては、減速徐行し、左右道路への注視を厳にして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、しかも同被告としては同交差点を毎日のように通行していて同地が見とおしの悪い交通上危険な場所であることを予じめ知悉しており、平素は減速通過していたものであるにも拘らず、右の注意義務を怠つて時速四〇キロメートルの高速度のまま進行したため、折りからこの交差点内を北進してきた本件オートバイを約二、三メートルの至近距離に迫つて初めて認め、衝突の危険を感じて急制動の処置をとつたけれども及ばず本件事故を惹起したものである。

三、被告平野良三は本件トラツクを所有し、その牧場経営のために被告平野信吾を雇傭しているもので、本件事故は、被告平野良三の事業のため自動車を運行の用に供している時に発生したものである。従つて、被告平野良三は自動車損害賠償保障法三条により原告らの後記損害を被告平野信吾と連帯して賠償しなければならない。

四、原告らが本件事故により被つた損害は左のとおりである。

(一)  原告山崎光男について、

(1) 療養費

<1> 入院治療費 四〇〇、八八三円(枚方市民病院にて昭和四一年一〇月二三日から昭和四三年三月二四日までおよび昭和四二年一一月一五日から同年同月三〇日までの間)

<2> 付添看護費 一二九、〇〇〇円(右期間中最初の一二九日分一日一、〇〇〇円の割)

<3> 栄養食費 二五、八〇〇円(右に同じ。但し一日二〇〇円の割)

(2) 得べかりし利益の喪失による損害 七八、四〇〇円

(昭和四一年一〇月二三日から昭和四二年三月二四日まで、および昭和四二年一一月一五日から同年一二月三一日までの間の休業補償一ケ月一二、〇〇〇円の割)

(3) 慰藉料 六五〇、〇〇〇円

(4) 弁護士費用 一〇〇、〇〇〇円

合計一、三八四、〇八三円より昭和四三年四月弁済を受けた、被告平野良三にかかる自動車損害賠償保険金三五四、一二三円、及び訴外淵上明より填補を受けた二〇、〇〇〇円を差引いた残額。

(二)  原告山崎要について

(1) 交通費 八、〇〇〇円

(2) 慰藉料 一五〇、〇〇〇円

(三)  原告山崎イソについて、

(1) 交通費 一〇、〇〇〇円

(2) 慰藉料 一五〇、〇〇〇円

五、被告ら主張の示談契約の存在は認める。しかし、原告らの右示談の意思表示は、被告らの強迫により止むを得ずなした意思表示であるから、昭和四三年三月二六日の本件第二回口頭弁論期日においてこれを取消す旨意思表示する。仮にそうでないとしても、右示談契約は、自賠責保険金の請求手続を早期に行う目的のためにのみ、相手方たる被告らと通じてなされたものであるから通謀虚偽表示として無効である。更にそうでないとしても原告らは前記保険金請求手続のためのみのものと信じて示談契約をなしたのであるが、右は、その保険金支払の限度によつてすべての賠償請求を終了せしめるものであることが判明した。従つて右示談契約の意思表示はその重要な部分に錯誤があつた訳であつて無効である。又示談契約は原告山崎イソの不知の間になされたものであつて、親権の共同行使なき行為として無効である。

六、なお原告光男は昭和四三年四月、自賠責保険金三五四、一二三円の支払を受け、これを前記同人の損害の填補に充てた。

七、よつて、原告らは、被告らに対し上記原告らの各損害(但し原告光男については前記保険金による損害の填補分を差引いた額)およびこれらに対する本件訴状が被告らに送達された日である昭和四二年四月三〇日から支払ずみまで民法の定める年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

(被告らの主張)

一、原告ら主張の交通事故が発生した事実、そのため原告光男が受傷した事実、及び被告良三が当時本件トラツクを自己のため運行の用に供していたものである事実は認めるが、その余の原告主張事実はすべて争う。

二、本件事故発生は、訴外淵上明の一方的過失にもとづくものである。換言すれば本件事故発生については、運行供用者たる被告良三、運転者たる被告信吾にはいずれも何らの過失もなく、第三者たる訴外明に過失があつたのであり、かつ本件トラツクにも構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。被告信吾は本件トラツクを運転して本件交差点に差しかかつたが、対面する信号が青色であるのを確認して減速の上進行したところ、交差点中央部附近で右方から驀進して来た本件オートバイに衝突されるに至つたのであり、これに対し訴外淵上は無免許の上、自動車登録番号標の表示のない本件オートバイを運転し、対面する信号が赤色であるに拘らず、これを無視して高速で交差点に進入して来たものであつた。

三、本件は既に示談成立により解決済みである。すなわち原告らと被告ら及び訴外淵上間で、昭和四二年一月一〇日被告良三宅において、原告光男の救護費用については、自賠責保険金を以てこれに充てること、車両破損料については別途話合うこと、との旨の合意が成立している。

四、仮にそうでないとしても、原告光男には、訴外淵上が無免許であることを知悉しながら、本件オートバイに同乗していた重大な過失があるから、損害額算定上斟酌さるべきである。

(証拠)〔略〕

理由

原告ら主張の日時、場所において、被告信吾運転の本件トラツクと、原告光男同乗訴外淵上明運転の本件オートバイの衝突による交通事故が発生したこと、そのため原告光男が受傷したこと、及び被告良三が当時本件トラツクを自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

そこでまづ、本件事故発生につき、被告信吾に過失がなく、訴外淵上に過失があつたかどうかにつき判断するに、被告信吾、分離前被告淵上明各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨に徴すると、本件交差点は、幅員約七・五メートルの東西道路と、幅員約五・四メートルの南北道路が直角に交叉しており、その南西角は工事現場のトタン塀が立てられて、交差点西詰、南詰相互からの見とおしが悪い状況にあるが、被告信吾は本件トラツクを運転して東進中、右交差点中心より約三―四〇メートル手前で対面する信号機の表示が赤から青に変るのを認め、制限速度を超えない時速四〇キロメートル位に速度をあげて進行して来たところ、衝突地点より約五メートル手前交差点進入直前位の位置で相手オートバイを発見し、急拠制動措置を執つたが及ばず、ほぼ交差点中央あたりで本件事故に至つたもので、その交差点進入時の対面する信号機の表示は青であつたこと、他方 訴外淵上は、本件オートバイを運転して時速約四〇キロメートルで北進し、本件交差点より可成り手前で前方交差点の対面する信号機の表示が青点滅であるのを認識したが、そのまま進行したところ、交差点に進入してから左側にヘツドライトの光が見えたと思つた瞬間、被告信吾運転の本件トラツクに衝突したもので、同訴外人としては、右の青点滅視認以後は、衝突に至るまで、信号機の表示に何らの注意を払つていなかつたが、右交差点進入に際しての対面する信号機の表示は赤であつたと考えられることを認めることができる。

そうとすれば、被告信吾は、対面する信号機の表示が青であるとき、制限速度を超えない速度を以て本件交差点に進入しているのであり、かかる自動車運転者としては、たとえその西詰から南詰への見とおしが充分でなかつたとしても、特段の事情のない限り対面する信号機の表示に従つて進行すれば足り、他方向から信号を無視して交差点に進入して来る他車両があるかも知れないことまでも予想して一時停止または徐行して進行しなければならぬ注意義務はないものと解すべきが相当であるところ、本件においては右特段の事情として認めるに足るものはないし、又、前認定の本件交差点の幅員・地形及び南西角のトタン塀の存在と、本件トラツク及びオートバイの速度がいずれも時速約四〇キロメートルであることなどから併せ考え、仮に本件交差点の見とおし状況上可能な被告信吾が本件オートバイを発見しうる最も早い地点が前認定の被告信吾の現実のオートバイ発見地点(衝突地点より約五メートル手前)より、今少し手前であつたとしても、本件トラツクの速度上急停止に必要と考えられる制動距離からするとその場合でもなお本件衝突事故を避けることは不可能であつたと考えられるし、更にその他本件事故の原因として被告信吾の過失を認めうべきものはないから、してみれば結局被告信吾には、本件事故発生上、本件トラツク運転につき何らの過失もないものといわなければならない。これに対し訴外淵上は、交差点に進入する自動車運転者としては、対面する信号機の表示に注意し、その表示が青色進めであるとき以外は交差点に進入してはならない注意義務があるのにこれを怠り、対面の信号機の表示が赤色止れであるのに交差点に進入した過失を免れないというべきである。そして更に前認定の本件事故の状況並びに弁論の全趣旨に照らすと、本件事故との間に因果関係がないとは云えないような被告良三の本件トラツク運行上の過失及び本件トラツクの構造上の欠陥・機能の障害もなかつたものと認められる。

そうすると、本件事故発生につき、被告信吾の関係においては、その運転上の過失を認められないし、被告良三の関係においては、運行供用者、運転者共に本件トラツク運行上何らの過失もなく、第三者たる訴外淵上に過失があり、かつ本件トラツクにも構造上の欠陥・機能の障害がなかつたのであるから、その余の点につき判断するまでもなく被告らはいずれも本件損害賠償義務を負わないというべきであり、よつて原告らの本訴請求はいずれも理由がないものとしてこれを棄却し、民訴法第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡宜兄)

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